医学論文の「結論」をそのまま言わない — JAMA Users’ Guidesに学ぶバイアスと外的妥当性の扱い方

私たち医療ライターは、複雑な医学研究を分かりやすく、正確に読者に届けるという重要な役割を担っています。その際、論文の「Abstract(抄録)」や「Conclusion(結論)」セクションを参考にすることは多いでしょう。しかし、そこに書かれている「結論」をそのまま記事の見出しや本文に引用すると、読者に誤った情報を伝えている危険性があるのはご存知でしょうか。

本記事では、なぜ論文の「結論」を鵜呑みにしてはいけないのか、そしてEBM(根拠に基づく医療)のバイブルである『JAMA Users’ Guides to the Medical Literature』の観点から、コンテンツ制作者がどのように「バイアス(内的妥当性)」「外的妥当性」を扱うべきかについて解説します。

目次

なぜ論文の「結論」をそのまま使ってはいけないのか?

医学論文は、「Results(結果)」セクションと「Discussion/Conclusion(考察・結論)」セクションに分かれています。

・Results(結果): 研究で得られた「データ(事実)」が客観的に記述されます。(例:「A群の血圧は平均10mmHg低下し、B群は5mmHg低下した」)

・Conclusion(結論): そのデータに基づいた「著者の解釈(意見)」が述べられます。(例:「A薬はB薬よりも優れている」)

私たちが注意すべきは、「結論」は著者の解釈に過ぎないという点です。著者は自身の研究成果をより良く見せたいというインセンティブが働くため、以下のような行動をとる傾向があります。

・研究の限界(Limitation)を十分に反映せずに結論付ける。
・臨床的な意義が薄いにも関わらず、統計的に有意な差が出たからといって、結果を過大評価する。
・得られた結果を過度に一般化して解釈する。

医療ライターに求められるのは、著者の「解釈」を広めることではなく、客観的な「事実」を評価し、読者にとって意味のある形で提示することです。

JAMA Users’ Guidesが示すフレームワークとは

『JAMA Users’ Guides』は、論文を「批判的吟味(Critical Appraisal)」するためのフレームワークを提供しています。私たちが医療論文から情報収集をする際に、チェックすべきは以下の3点です。

  1. 研究結果は信頼できるか? (内的妥当性:Internal Validity)
  2. 結果はどのようなものだったか? (Results)
  3. その結果は、自分の読者(患者)に適用できるか? (外的妥当性:External Validity)

「内的妥当性」と「外的妥当性」について医療ライターが自ら評価することで、信頼性の高い情報提供に繋がります。

具体的な評価ポイントについて以下に示します。

内的妥当性:研究結果が信頼できるかを見抜く

「内的妥当性」とは、その研究のデザインや実施方法が適切で、バイアス(偏り)が最小限に抑えられているか、ということです。簡単に言えば、「その研究結果は信頼できるか?」ということになります。

「結論」セクションでは、著者は「我々の研究は信頼できる」という前提で話を進めます。しかし、私たちは「Methods(方法)」セクションを読み、例えば以下の点をチェックする必要があります。

ランダム化比較試験(RCT)の場合:

・盲検化(Blinding): 患者や評価者は、誰が本物の薬で誰がプラセボを飲んでいるか知っていたか?

⇒もし知っていた場合、評価に「期待」などのバイアスが混入します(検出バイアス)。

・追跡脱落(Loss to Follow-up): 途中で研究を辞退した人はどれくらいいるか?

⇒もし片方の群だけ脱落者が多い場合、その理由によっては結果が大きく歪みます(消耗バイアス)。ただし消耗バイアスは、ITT解析を行うことで最小限に抑えることができます。

観察研究(コホート研究など)の場合:

・交絡因子(Confounding Factors): 比較したい2つの群(例:薬を飲んだ群と飲まない群)は、背景因子(年齢、性別、重症度など)が揃っているか?

⇒もし揃っていないと、結果の差が薬の効果なのか背景因子の違いなのか結論づけることができません(選択バイアス)。

【コンテンツ制作時のポイント】
もし研究デザインに重大なバイアス(例:非盲検、脱落者が多い、交絡因子が未調整)がある場合、その論文の「結論」は非常に疑わしいものです。情報の伝え方としては、次のように記載すると良いでしょう。
NG例: 「新薬AはBより優れていると結論付けられた」
OK例: 「ある研究では新薬AがBより良好な結果を示したが、この研究は盲検化されておらず、結果の解釈には注意が必要である」

外的妥当性:一般化可能性を評価する

「外的妥当性」とは、「その研究結果を、目の前の患者に当てはめてもよいか?」という問いです。

その研究が、どれほど内的妥当性(信頼性)が高くても、結果が読者のターゲットとする患者層に当てはまらなければ、その情報を紹介する意味はありません。論文の「結論」は、この「誰にとっての結論か」を省略しがちです。

私たちは「Methods(方法)」や「Results(結果)」の表(Baseline Characteristics)を見て、以下のPICO(S)をチェックします。

医療コンテンツ制作者が確認すべき外的妥当性

P (Patients): どのような患者か?

・その研究は、米国の50代男性白人のみが対象ではないか? 私たちの読者である日本の70代女性にも同じことが言えるか?

・軽症患者のみを対象とした結果を、重症患者にも当てはめていないか?

I (Intervention): どのような介入がされたか?

・研究で使われた介入(例:週3回の専門家による厳格なリハビリ)は、日本の一般的な保険診療で実現可能か?

C (Comparator): 何と比較したか?

・比較対象が「プラセボ(偽薬)」ではないか? 実際の臨床現場で知りたいのは「既存の標準治療」との比較ではないか?

O (Outcome): 何を評価したか?

・評価項目が「死亡率」や「QOL」といった患者にとって重要なものではなく、「血糖値」や「腫瘍マーカー」といった代理エンドポイント(Surrogate Endpoint)ではないか?(代理エンドポイントが改善しても、必ずしも患者の予後が改善するとは限らない)

【コンテンツ制作時のポイント】
研究の対象者(P)や比較対象(C)が、コンテンツのターゲット層や日本の実臨床と大きく異なる場合、その「結論」をそのまま紹介してはいけません。
NG例: 「X療法はがんを縮小させることが証明された」
OK例: 「特定の遺伝子変異を持つ進行がん患者(米国)において、X療法は既存治療と比較して腫瘍マーカーの値を改善させたという報告がある。ただし、これが日本人の患者さんや、生存期間の延長に直接つながるかは現時点では不明である」

医療ライターとして医療情報を批判的に吟味しよう

医学論文の「結論」は、あくまで著者による解釈です。医療ライターは、内的妥当性と外的妥当性を評価し、誰に、どの程度当てはまる情報なのかを明確にする責任があります。

JAMA Users’ Guidesの視点を持つことで、より正確で信頼性の高い医療コンテンツを制作できます。論文を「読む」だけでなく、「批判的に吟味する」スキルが、これからの医療コンテンツ制作には不可欠です。

この記事の編集者

薬剤師/株式会社Officeファーマヘルス代表。
メーカーでスキンケア製品や衛生用品の研究開発に従事した後、薬局薬剤師に転職。 患者さんに服薬指導をする中で、さらに多くの人に医療や健康の正しい情報を発信していきたいという思いを持ち、執筆活動を始める。
SEO検定1級、YMAA認証(薬機法医療法遵守広告代理店認証)取得。       

お問い合わせフォーム

目次