全ての情報を鵜呑みにしていませんか? 医療ライターが知るべき「質の高い論文」の見極め方

医療ライターは日々、膨大な数の医学論文や研究情報に触れています。その中から正確な情報を選び出し、読者に分かりやすく届けることが医療ライターには求められます。しかし、世の中に発表される全ての研究論文が、等しく信頼できるわけではありません。研究のデザインや手法に欠陥があれば、その結論もまた信頼性を欠くものとなります。

質の低い研究情報に基づいて記事を執筆してしまうことは、読者に誤った認識を与え、時には健康に関わる判断を誤らせるリスクさえ伴います。

そこで本記事では、信頼できる情報発信に不可欠な「論文の質」を評価するための重要なチェックポイントを3つ解説します。

ポイント1:その研究は「問うべき価値のある問い」から始まっているか?

優れた論文は、例外なく優れた「リサーチクエスチョン(研究の問い)」から始まっています 。問い自体が曖昧であったり、重要でなかったりすれば、どれほど優れた手法を用いてもその研究の価値は大きく損なわれます。論文を読む最初のステップとして、その研究がどのような「問い」に答えようとしているのかを確認しましょう。

質の高いリサーチクエスチョンは、「FINER(ファイナー)」という基準を満たしていることが多いです 。

  • F – Feasible(実行可能か): 研究に必要な対象者数や予算、技術などを確保し、現実的に遂行できる計画か 。
  • I – Interesting(興味深いか): 研究者だけでなく、臨床現場や社会全体にとって興味深く、意義のあるテーマか 。
  • N – Novel(新規性があるか): 既存の研究で未解明な点を明らかにするなど、新たな知見をもたらすものか 。
  • E – Ethical(倫理的か): 対象者の人権や安全が守られ、倫理審査委員会の承認など、適切な配慮がなされているか 。
  • R – Relevant(切実な問題か): 患者のQOL向上や医療政策の改善など、現実の課題解決に繋がる重要性・切実さがあるか 。

また、研究の問いがPICO(ピコ)/PECO(ペコ)の形で明確に構造化されているかも重要です 。「誰に(Patient)、何をしたら(Intervention/Exposure)、何と比べて(Comparison)、どうなった(Outcome)か」が具体的に定義されていれば、研究の目的が明確で、結果の解釈もしやすくなります 。

ポイント2:その研究は「バイアス(偏り)」が少ないか?

研究結果を真実から歪めてしまう体系的なエラーを「バイアス」と呼びます。質の高い研究とは、このバイアスを可能な限り排除する工夫が凝らされた研究です。具体的には以下のようなバイアスがあります。

選択バイアス

研究の比較グループ間で、介入や要因以外の点で最初から体系的な差が存在してしまう偏りのことです。グループ間に元々の特性の差があると、研究で観察された結果が、治療の効果によるものなのか、単にその特性の違いによるものなのか、区別がつかなくなってしまうため問題となります。

具体例とチェックポイント

  • 例1:不適切なランダム化
    研究者を介さずに、次にどのグループに割り振られるか全く予測できないようにするのが「ランダム化」の基本です。しかし、「来院した曜日」や「カルテ番号」などでグループ分けする方法は、研究者が意図的に操作できてしまうため、例えば重症の患者を特定のグループに集めるなど、偏りが生じる原因となります 。
  • 例2:割り付けの隠蔽化の不備
    たとえランダムな割り付け表があっても、研究者が次の割り付け内容を事前に知ることができれば、特定の患者を意図的にあるグループに振り分けることができてしまいます 。
  • 例3:研究対象者の選び方によるバイアス
    研究対象とする集団の選び方自体が、見せかけの関連を生んでしまう特殊な偏りです 。例えば、「学業」と「スポーツ能力」の関連を「名門大学の合格者」のみで調査するとします 。この集団は元々、学業かスポーツのどちらかが突出しているため、両者間に「学業ができる人はスポーツが苦手」という偽りの関連性が生まれることがあります 。これは「合格」という共通の結果(合流点)で対象を絞ったために生じたバイアスです。

論文の「方法」のセクションで、予測不可能なランダム化と、割り付けの隠蔽化が適切に行われているかを確認します。これにより、研究開始時点でのグループ間の公平性が担保され、選択バイアスの多くは防ぐことができます。

脱落バイアス

研究の途中で参加者が脱落することで、比較するグループ間に偏りが生じてしまうことです 。 脱落する理由は、治療の効果や副作用と関連していることが多いため問題となります。例えば、新薬のグループでは「副作用が辛くて脱落する人」が多くなり、偽薬(プラセボ)のグループでは「効果が出なくて脱落する人」が多くなる傾向があります。その結果、残った人たちだけで解析すると、新薬の効果や安全性が実際よりも良く見えてしまう可能性があります 。

論文の「方法」の欄で、「ITT解析 (Intention-To-Treat 解析)」が行われているかを確認します 。ITT解析とは、臨床試験において、被験者が実際に受けた治療に関わらず、当初のランダム化されたグループに基づいて解析を行う方法のことです。

実行バイアス (Performance Bias)

実行バイアスとは、研究参加者や研究スタッフが、誰がどの治療を受けているかを知っているために、行動や評価に差が生まれてしまう偏りのことです 。例えば、患者が「新しい薬を飲んでいる」と知っていると、その期待感(プラセボ効果)から「効いている」と感じやすくなります。また、医師がそれを知っていると、その患者にだけ無意識に手厚いケアをしてしまうかもしれません。こうした薬本来の効果以外の要因が、結果に影響を与えてしまいます 。

参加者と研究者の両方が割り付けを知らない「二重盲検法 (Double-blind)」**が、実行バイアスを防ぐ上で最も信頼性の高い方法とされています 。痛みの度合いやQOLスコアなど、主観的な評価項目を扱う研究では、このブラインド化がされているかが極めて重要です 。

ポイント3:その研究の「結果」は信頼できるか?

たとえ「統計的に有意な差があった」と書かれていても、それだけで結論を信じ切ってはいけません。結果の数値がどれほど「精確」で、「直接的」に問いに答えているかを見る必要があります。

  • 推定値は正確か?
    論文に示されている「95%信頼区間」の幅に注目しましょう。この区間の幅が非常に広い場合、それは結果の推定値がブレやすく、信頼性が低い(不精確である)ことを意味します。
  • 知りたい疑問に直接答えているか?
    その論文が、知りたい状況について述べたものかを確認します 。例えば、「高齢者の腰痛に対するA薬の効果」について調べているのに、論文の対象者が「若年アスリート」であれば、その結果を高齢者にそのまま当てはめるのは困難です 。このように、対象者(P)、介入(I)、評価項目(O)などが、知りたい臨床疑問とズレている場合、そのエビデンスは「非直接的」であり、慎重な解釈が必要です。

医療ライターが質の高い情報発信のために必要な「情報の批判的吟味」

医療情報を扱う医療ライターにとって、論文をただ読むだけでなく、その質を吟味する「批判的吟味(Critical Appraisal)」は、必須のスキルです。

  1. 問いは価値があるか?(FINER基準)
  2. 手法にバイアスは少ないか?
  3. 結果は正確で、問いに直接答えているか?

これらの視点を常に持ち、一つひとつの情報の信頼性を丁寧に見極めることが大切です。また、参考にした論文を明示することで読者からの信頼を築くだけでなく、実は検索エンジンやAI検索で引用される可能性も高まり、情報をより多くの方に届けることができます(SEO/LLMO)。

論文を読む際には、本記事で紹介したポイントをぜひ意識してみてください。

この記事を書いた人

薬剤師/株式会社Officeファーマヘルス代表。
メーカーでスキンケア製品や衛生用品の研究開発に従事した後、薬局薬剤師に転職。 患者さんに服薬指導をする中で、さらに多くの人に医療や健康の正しい情報を発信していきたいという思いを持ち、執筆活動を始める。
SEO検定1級、YMAA認証(薬機法医療法遵守広告代理店認証)取得。       

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