2024年12月6日、国民民主党が石破総理大臣に対し、現行の薬価改定の見直しを要請したことが報道されました。
毎年行われる薬価改定で薬の値段が下がり続け、製薬会社の利益が出ないことから、日本の創薬技術の国際競争力が下がっていることが指摘されています。また、薬価の度重なる引き下げは、後発医薬品を中心とした医薬品の供給不安定、医療機関の経営悪化にもつながっています。
この記事では、日本の薬価制度とその問題点について解説します。
薬価と日本の薬価制度とは
薬価とは一般に、「薬価基準」に収載された医療用医薬品の価格を指します。
日本では国民皆保険制度により、国民全員が公平な医療を受けることができます。その保健医療に用いられる医薬品の価格が薬価であり、薬価を決める制度を「薬価制度」と呼ぶのです。
薬価は不変ではなく、2年に1回の見直しが行われます。薬局や病院が医薬品を仕入れる際には、薬価より安い価格で仕入れている場合が多いため、実際の市場価格(市場実勢価格)に合わせて薬価を定期的に引き下げることで、国民の医療費の負担軽減や国全体の医療費削減にもつながると考えられているからです。
少子高齢化が急速に進む日本では、来年2025年には団塊世代全員が75歳以上の後期高齢者となり、社会保障費が急増することが予想されています。そのため、日本において医療費の削減は喫緊の課題であるのです。
この課題解決に取り組むため、2016年11月の経済諮問会議の提案をもとに、2021年度から毎年薬価改定が実施されるようになりました。しかし、近年では薬価改定が頻繁に行われることによる問題点も指摘されており、今月6日には国民民主党から石破総理に対して薬価改定の抜本的な見直しを行うよう改めて要請されました。
日本の薬価制度の問題点①度重なる薬価改定による日本の創薬力の低下
日本では国が薬価を定める「公定価格制度」を採用しているため、製薬企業が自由に薬価を設定することができません。一方で、外国、例えばアメリカやイギリス、ドイツ等は製薬企業が医薬品の価格を自由に設定できる「自由価格制度」を採用しています。中国においても2015年に公定価格制度を廃止し、自由価格制度へ移行されました。
毎年行われる薬価改定で薬価が引き下げられると、日本の製薬企業は利益を出しにくくなります。すると、画期的な新薬の開発に十分な投資を行うことができません。その結果、日本企業の国際競争力の低下を招いています。
また、昨今の物価高騰・円安の影響から、医薬品開発の原薬・原材料・包装材料の調達コストも上昇しており、これも日本の製薬企業にとっては医薬品の開発・安定供給のハードルを上げる原因となっています。
この結果、近年問題視されているのが「ドラッグ・ロス」の問題です。
2023年3月時点において、欧米では承認されているにも関わらず、日本では承認されていない医薬品(未承認薬)が143品目あります。このうち、国内開発未着手の医薬品は86品目(60.1%)もあり、とくに希少疾患や小児難病の医薬品が日本では使用できない状況です。これは、治療の選択肢が狭まっていることを指し、国民に質の高い医療を提供するためにも「ドラッグ・ロス」の問題は早急に解決されなければならない課題となっています。
日本の薬価制度の問題点②医薬品の供給不安定
医療現場では3年以上も医薬品の供給が不安定な状況が続いています。発端は、2020年12月に発覚したジェネリックメーカーの品質不正問題ですが、その後、新型コロナウイルスやインフルエンザの流行による需要の増加が薬不足に拍車をかけました。
医薬品の供給不足に対応するには、医薬品製造メーカーの増産体制を整えることが重要ですが、度重なる薬価改定でメーカーの利益率が低くなり、設備投資ができないことが長引く供給不安定の大きな原因となっています。
日本の薬価制度の問題点③医療機関の経営悪化
度重なる薬価改定は、薬局や病院の経営面にも大きな影響を及ぼします。
市場実勢価格と薬価の差額は医療機関の利益の一部でもあるため、医療機関の薬価差益が減少します。
あわせて、薬価改定の度に医薬品の管理コストも増加します。
医療機関は医薬品の在庫をゼロにすることはできないため、薬価改定がある度に多くの医療機関は薬価が引き下げられた分の損失が出ます。
また、抱えている医薬品の在庫が多いほど損失が大きくなってしまうことから、薬価改定の前には多くの医療機関が不動在庫を確認し、返品処理等を行う事務作業が必要となり、人件費が増えてしまいます。くわえて昨今の医薬品市場では②で述べたように医薬品の供給不安定が問題視されているため、在庫管理がより複雑になり、一層、事務負担が増えているといった状況もあります。
まとめ
医療費削減を目的に、毎年行われるようになった薬価改定。しかしその結果、日本企業の国際競争力の低下やドラッグ・ロス、医薬品の供給不安定、医療機関の経営悪化などの問題を引き起こしています。
医療現場で必要な治療薬を患者に提供できなければ、病気が長引いて治療代や入院費が増大し、結果的に国全体の医療費の増加につながる可能性が考えられます。
政府は現在、医療上の必要性が高い薬であるにも関わらず薬価が低くなり過ぎて製造販売が困難な医薬品の薬価を引き上げる制度を導入したり、安定供給ができるジェネリックメーカーの評価を行ったりする措置を取る方針を示しています。
しかし今回の要請により、現行の薬価制度自体も見直される大きな契機となるかもしれません。
【参考文献】
・中医協 令和7年度薬価改定について②~ 薬価の下支え、医薬品の安定供給~(令和6年11月6日)
・厚生労働省 日本の薬価制度について(平成28年6月23日)
・医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会 報告書 参考資料(令和5年6月9日)